「きたにひと」は私の筆名である。使う必要がなくなった今も愛着があって捨てがたく、ホームページの名称に利用することにした。由来をよく聞かれる。「北海道の意味でしょう」「いまの住まいと関係があるのでは」と推測する人も多い。「演歌の歌いすぎでは」という人さえいる。私の愛唱歌には北ものが多いからだ。どの推測も当たっていない。
「きた」は「南北問題」の「北」、つまり「先進国」の意味である。「南北問題」は、日本ではほとんど消えかかっているコンセプトである。「朝鮮半島情勢のことですか」と問う人さえある始末である、こういう思想状況であるからこそ、あえてここでこの筆名にこだわりたいのである。
知識を生業とする人なら誰でも、人類の繁栄こそが目標と宣言するだろう。人類の未来を語るのなら、人類の圧倒的部分を占め、「北」の豊かさから疎外されている「南」で豊かさを実現する方法を語らなければならない(
http://www.focusglobal.org/focus.html 参照)。「北」の知識を生業とする人びとのほとんどはこの現実に目をつぶるか、「北」の政治制度と開発方式を取り込めば問題は解決すると宣伝する。世界人口は現在の約60億人から21世紀半ばには約100億人に急増すると予想されるているが、この増大する「南」の人口に「北」なみの物的豊かさを保障することなどどうやったらできるというのか。「北」の制度を押し広げれば豊かになるという虚構を捨て、「南」と協力して新しい制度を模索する以外に解決の道はない。
「北」で学び、その研究方法が骨の髄までしみこんでしまって、それをもはや消し去ることもできないでいる私にとっては、「南」との連帯の姿勢を持続することくらいしか、できることはない。「にひと」(「仁人」)は、「連帯」のささやかな表明であり、同時に、きざにも聞こえるこの言葉をあえて使うことによって、もどかしい自分の知的営みへの自嘲の意味もこめたのである。